922)の続きです。
最近いろいろと仕事が忙しく、先週土日の「よこすかYYのりものフェスタ2017」 にも行きそびれてしまいました。
189系国鉄色M51編成の「かいじ」 (および「カイジ」:漫画カイジ、海自(海自カレー)見て食べたかったな。
かなり間があいてしまいましたが、922)の続きで、東日本編の定期特急(絵幕) をまとめてみます。
583系が定期昼行特急で上野まで来ていたころ。
「ひばり」の、上野10:00発とその折り返し上り 1往復 と 「はつかり」の半分が583系でした。(S50.3改正以前のころ)
1979(S54).7.31 17:56 上野15番線
22M「はつかり4号」 所定17:10着が45分ほど遅れて到着したところで、乗客の下車が続いています。
青森8:20発~盛岡10:46発~仙台12:53発~17:10着(所定では)
「はつかり」が上野まで来ていた時代の「はつかり」としては、最大本数の6往復に達していました。 1・5・7・4・6・12号が583系です。「ひばり」に1往復あった583系は、この時にはもう485系に置き換えられていました。
そして、S57年6月に東北新幹線先行開業(盛岡まで)。上越新幹線に先行してということのようで、暫定のさらに「先行」です。
この年の11月に上越新幹線大宮~新潟開業は「暫定開業」と呼ばれました。将来の上野開業になるまでの「暫定開業」です。したがって上野~大宮開業で「本開業」となったということのようですね。
新幹線が開業すると、当然のごとく、「はつかり」は盛岡~青森間に封じ込められました。本数はおおむね1時間ヘッドの12往復にまで増えました。
1983(S58).5.4 青森2番線で。14:35の発車前の「はつかり20号」 13連
クハネ583-26(上り方1号車)。 向う側13号車はクハネ583-22でした。
12往復中、583系は 7・9・11・15・23号(下り)、2・6・10・14・18号(上り)の合計5往復。そのほかの7往復は秋田への「たざわ」と共通運用の485系6連です。
北海道旅行の帰りに乗った「はつかり」で、強行軍だったせいか車内ではかなり眠かったです。暖房もほかほか。
ボックスの座席がロックされていなかったので、ついつい引っぱり出して簡易的に寝台の下段のようにして 友人と うとうとしていました。しばらくすると通りかかった車掌氏に注意されてしまい、座席状にもどしたことを思い出します。そういう人多かったのかな?
そのまま17:00着の盛岡で街を散策し、盛岡20時台発の最終「やまびこ」に乗り継いだと思います。その列車に限って、大宮での「新幹線リレー号」接続は無く、一般の混雑した115系に揺られてようやく上野に帰着しました。それが「新幹線リレー号」への乗りそびれとして残念な記憶となっています。
その後、583系は9連(繁忙期は12連)に短縮されてゆきます。
東北新幹線開業後には、夜行列車でしか上野では見ることはできなくなりました。
「はくつる」と「ゆうづる」の2種のみです。
1988(S63).9.12 上野15番線の 11M「はくつる」 回送で入線してきたところです。
9号車のクハネ583-15 。もう9連が基本になってしまいました。
向こう16番線は「ひたち53号」 クハ481-313
こうしてホームにたたずむだけで旅情がただよう583系。名車の証し。
この夜、八戸まで乗車しました。
「指定席」というサボがささっていて、「おや、かつての終夜座席指定席」が復活したか??」と誤解してしまいそうですが もちろんそうではなく、寝台車としての運行です。
そして、両雄のもう一方「ゆうづる」、常磐線経由で上野~青森間を結びます。
この日は、青森まで乗車しました。
1989(平成元年)1月9日 上野18番線21:30発の 6001M ゆうづる1号
9号車クハネ583-25 青森6:18着
列番6000番台の季節列車ですが、運転日は多かったと思います。繁忙期の周辺期間には毎日運転。
青森での接続も良く、奥羽本線の弘前方面への普通列車1番の622レ弘前行きに3分の好接続。冬季の遅れが心配なくらいですが、少々なら接続待ちをするのでしょう。
この日は622レに乗り継いで、川部で五能線へ乗り換え津軽鉄道へ。今よりも便利だったことは明らかです。
このころの「ゆうづる」は2往復+臨時1往復
6001M ゆうづる1号 上野 21:30→6:21 青森
9041M ゆうづる81号 上野22:36→8:09 青森
3M ゆうづる3号 上野 23:03→8:21 青森
9042M ゆうづる82号 青森 19:18→5:52 上野16番
6002M ゆうづる2号 青森 20:55→6:36 上野17番
4M ゆうづる4号 青森 21:18→6:40 上野18番
上りが4分の雁行で上野に到着するあたり、かつての栄光を彷彿とさせますね。
1989.1.9 6001M ゆうづる1号
クハネ583-1 Mn’Mn-104 Mn’Mn-58 Ts-6 Mn’Mn-56 クハネ583-25→青森方
青森1番線に着いた 6001M クハネ583-1。
かつて青函連絡船への貨物が停車していた向かって右側のスペース。連絡船廃止から10か月もたっていない時期ですが、線路ははがされ、このように整理されています。
(続きます)