6月になりもう1週間過ぎましたが、まだ関東は7日現在梅雨入り宣言は出ません。6月8~9日の雨を契機に宣言が出るか?といったところ。
7日(日)に運転された団臨 高609 高崎発木更津行きです。
高崎7:13 9820M~8:46大宮8:47 9121M~蘇我10:08 10:39木更津
折り返しまでの間に館山まで回送されました。最近の復路までのインターバルは幕張へ戻ったりせずに、館山方面への回送が主流。
2015.6.7 11:15 高609 回9123M
クハ185-207 M'M-214 M'M-213 Tc-307(以上B4)+Tc-216 M'M-232 Tc-316(以上B7)←高崎方
6連+4連の場合、どちらに6連が付くかはいろいろのようです。以前に4連が南側だったのに今回は逆でした。4連は緑ストライプの場合がある (ただしもう1本存在するC7の4連だと湘南ブロック色)ので、今回緑の4連が南側ならいいのに・・と思っていたら、せっかくB7(緑)なのに4連が後部でした。
サイド表示は、木更津以南は回送なのに「臨時快速」を表示中。
この時期の木更津行きは潮干狩り臨が多いのですが、潮干狩りカレンダー を見ると大潮の絶好の好適日というわけではありませんが、12時半ごろ~15時半ごろにかけては潮が引く時間帯で、湊川も旧橋脚の基礎部分が見えています。
潮干狩りかどうか、団体名の掲出は側窓にありますが、読みそびれました。
この後は光線の関係で 安房勝山~岩井間のストレートに向かう予定でした。浜金谷で29分の停車があります。
しかし後部の4連がB7ということで、インカーブの奥に後部が見えやすいところ、と考えなおし元名カーブに変更しました。空にはややうす雲が多く、うまく曇ってくれるといいのだが・・・と思っていたら、・・・晴れてしまいました。
後部のB7、クハ185-316。後部の4連は「回送」表示。
2本併結の場合、前後の編成は連動しているわけではありません。
なお、2013.7.20 の東742 は南側から B7+B4で、4連が南側。このときは183・189系に替わって185系が団臨に進出しだしたころです。当時は10両全部が湘南色ブロックパターンでした →492)の記事の後半部 参照。
続いて翌年2014.6.15 の高607。これは今回と同じ行程の団体(高崎発木更津行き)ですが、編成も同じく南側から B4+B7。色も今年と同じとなっています。違うのは往路は君津折り返し、復路は青堀折り返しで、インターバルには幕張へ回送されていました。→621) の記事 参照。
追記ですが、OM-07の10連(1号車伊東方から Tc-226 M'M-226 Ts-213 Ts-211 M'M-221 M'M-225 Tc-313) はせんだって長野へ相次いで配給回送されたもようです。配給日は5月25日が両クハと2・3号車の4両、6月6日が4~9号車の中間車6両。これでOM-編成の185系貫通10連は消滅となりました。残る185系貫通10連は、元田町車のA編成8本(A1~A8)となります。そのうちA6とA8は緑ストライプ、他は湘南ブロックパターンとなっています。
以下ついで撮りですが、
10:45 8045M~8047M新宿さざなみ3号 NB-02
新宿9:08~千葉9:53~1116館山
6番の橋げたの下に白く東京湾観音が望めます。
近くの別荘風の家のかたがごみ出しに出てきました。
挨拶して「30分ほどここにお邪魔しています。列車の写真撮ったらすぐに帰ります」などど話をしていたら、「ここを通る内房線の特急は全部無くなっちゃったんだよねえ・・」と、最近の事情はよくご存知のようで。
11:03 162M C442(Tc-2159他)+C609(Tc-2109他)→千葉方
こちら側のC442は4連の最終編成です。
館山10:24→12:12千葉
午前~昼前に館山を1往復する名物の閑散時10連。この10連は千葉に着いたあと、上総一ノ宮を往復して館山16:02着の179M→196Mとなりますが、196Mの後半になってやっと乗客が多くなりそうな時間帯となります。